武豊騎手の年度別勝利数を、1987年のデビュー年から2025年終了時点まで一覧でまとめました。
この記事では、各年のJRA勝利数に加えて、その年の主な出来事やキャリア上の節目もあわせて紹介しています。
また、武豊騎手の成績推移を動画でも見られるようにしているので、数字だけでなくキャリア全体の流れもつかみやすくなっています。
武豊騎手の年度別勝利数一覧

ここではまず武豊勝利の年度別勝利数の推移がわかるようにデータをまとめました。
※勝利数はJRAでの年度別勝利数です。
※表は横にスクロールできます。
| 年度 | 勝利数 | 主な出来事 | ひとこと |
|---|---|---|---|
| 1987年 | 69勝 | JRAデビュー、初勝利 | ここから武豊騎手の物語が始まる |
| 1988年 | 113勝 | スーパークリークで菊花賞制覇 | デビュー2年目でGIジョッキーへ |
| 1989年 | 133勝 | 初のJRAリーディング | 若き天才が一気に競馬界の中心へ |
| 1990年 | 116勝 | オグリキャップで有馬記念制覇 | 競馬ブームを象徴する名場面 |
| 1991年 | 96勝 | 米国で海外初重賞勝利 | 世界への挑戦が本格化 |
| 1992年 | 130勝 | 天皇賞・春4連覇、JRA通算600勝 | 武豊騎手自身の春天4連覇として記憶される年 |
| 1993年 | 137勝 | JRA通算700勝 | 20代で歴代名手の記録へ接近 |
| 1994年 | 134勝 | スキーパラダイスで海外GI制覇 | 日本人騎手として世界に足跡 |
| 1995年 | 134勝 | 最速・最年少でJRA通算1000勝 | 26歳で1000勝という異次元の到達 |
| 1996年 | 159勝 | エアグルーヴでオークス制覇 | 年間勝利数も大きく伸ばした年 |
| 1997年 | 168勝 | 年間最多勝利騎手 | 全盛期へ向かう勢いがさらに加速 |
| 1998年 | 169勝 | スペシャルウィークで日本ダービー初制覇 | 悲願のダービージョッキーへ |
| 1999年 | 178勝 | アドマイヤベガでダービー連覇 | 年間178勝、90年代後半のピーク |
| 2000年 | 130勝 | 米国拠点でもJRAリーディング | 海外挑戦と国内成績を両立 |
| 2001年 | 65勝 | 欧州を拠点に挑戦 | JRA騎乗数が少なく勝利数も減少 |
| 2002年 | 133勝 | 骨盤骨折から復帰、JRA通算2000勝 | 復帰後も大記録を達成 |
| 2003年 | 204勝 | 年間204勝 | JRA史上初の年間200勝突破 |
| 2004年 | 211勝 | 年間211勝 | 前年の大記録をさらに更新 |
| 2005年 | 212勝 | ディープインパクトで無敗三冠 | 年間最多勝と三冠が重なった伝説の年 |
| 2006年 | 178勝 | ディープインパクト、ユートピアなどで活躍 | 200勝台ではないが高水準を維持 |
| 2007年 | 156勝 | 歴代最多勝利騎手、JRA通算3000勝 | 岡部幸雄元騎手の記録を更新 |
| 2008年 | 143勝 | 京都1000勝、JRA3100勝、負傷から復帰 | 怪我がありながらも143勝 |
| 2009年 | 140勝 | ウオッカでGI勝利 | 名牝とのコンビでも記憶に残る年 |
| 2010年 | 69勝 | 落馬負傷から復帰 | 約4か月の離脱で勝利数が大きく減少 |
| 2011年 | 64勝 | JRA通算3400勝 | 苦しい時期ながら節目の勝利へ |
| 2012年 | 56勝 | 26年連続重賞勝利 | 勝利数は少ないが記録は継続 |
| 2013年 | 97勝 | キズナで日本ダービー制覇 | 復活を強く印象づけた一年 |
| 2014年 | 86勝 | JRA最多騎乗記録を更新 | 勝利数だけでなく継続力の記録 |
| 2015年 | 106勝 | JRA重賞300勝、香港C制覇 | 再び年間100勝台へ |
| 2016年 | 74勝 | 30年連続重賞勝利 | 長く重賞を勝ち続けるすごさ |
| 2017年 | 82勝 | キタサンブラックで春天・秋天・有馬 | 勝利数以上にGIでの存在感が大きい年 |
| 2018年 | 76勝 | JRA通算4000勝 | 前人未到の大記録を達成 |
| 2019年 | 111勝 | ワールドプレミアで菊花賞 | 令和でもGI勝利、年間100勝台復帰 |
| 2020年 | 115勝 | サウジで勝利、JRA通算4200勝 | 50代でも年間100勝超え |
| 2021年 | 75勝 | ドウデュースで朝日杯FS制覇 | 令和の名コンビが始まる |
| 2022年 | 73勝 | ドウデュースで日本ダービー6勝目 | 勝利数以上に大きな一勝 |
| 2023年 | 74勝 | 大阪杯でGI80勝、ドウデュースで有馬記念 | 人馬ともに復活を印象づける年 |
| 2024年 | 87勝 | JRA4500勝、黄綬褒章、ドウデュースで秋天・JC | 記録と名馬が重なった一年 |
| 2025年 | 72勝 | メイショウタバルで宝塚記念、JRA4600勝 | まだ物語を更新し続けるレジェンド |
2026年も活躍中で勝利数をまだまだ上乗せ中なので、どこまで記録が伸びていくのか楽しみですよね。
武豊騎手の勝利数推移を動画で見る
ここまで年度別の勝利数を一覧で紹介しましたが、数字だけでは武豊騎手のキャリア全体の流れが少し分かりにくいかもしれません。
そこで、1987年のデビューから現在までの勝利数推移や主な出来事を、動画でもまとめました。
年間勝利数が大きく伸びた時期、海外挑戦や落馬負傷で数字が変化した時期、そしてキズナやドウデュース、メイショウタバルとの名場面まで、流れで見たい方は以下の動画をどうぞ。
- 1987年のデビューから、初勝利・GI初制覇までの流れ
- 1990年代後半の年間最多勝記録とダービー初制覇
- 2003年〜2005年の年間200勝超えの全盛期
- 2010年の落馬負傷以降の苦しい時期
- キズナ、キタサンブラック、ドウデュース、メイショウタバルとの復活と名場面など
年度別に振り返る武豊騎手の主な出来事
ここからは、武豊騎手の年度別勝利数に沿って、各年の主な出来事をもう少し詳しく振り返っていきます。
勝利数だけを見ると分かりにくい年もありますが、その背景には海外挑戦、怪我からの復帰、名馬との出会いなど、武豊騎手ならではの大きな物語があります。
1987年 69勝|JRAデビュー、そして初勝利
武豊騎手は、1987年に栗東・武田作十郎厩舎所属として騎手人生をスタートしました。
3月1日に初騎乗を迎え、3月7日にはダイナビショップで初勝利。デビュー年から69勝を挙げ、早くも新人離れした存在感を見せます。
ここから、日本競馬を長く牽引していく武豊騎手の物語が始まりました。
1988年 113勝|スーパークリークでGI初制覇

1988年は、武豊騎手にとって大きな飛躍の年となりました。
スーパークリークとのコンビで菊花賞を制し、デビュー2年目にしてGIジョッキーへ。若き天才騎手として、全国の競馬ファンにその名を強く印象づけます。
この勝利は、武豊騎手の長いGI戦線の始まりでもありました。
しかし、スーパークリークを預かる伊藤修司先生からのアドバイスで武豊騎手は、ほかにも騎乗候補がいた中でスーパークリークへの騎乗を選択。結果的に出走が叶い、菊花賞では2着に5馬身差をつける圧勝を見せました。
1989年 133勝|初のJRAリーディングジョッキーへ
1989年、武豊騎手は初のJRAリーディングジョッキーに輝きました。
デビューからわずか3年で全国リーディングに立ったことは、まさに異例のスピード出世です。
この頃から、武豊騎手は「若き天才」から「競馬界の中心にいる騎手」へと変わっていきます。
1990年 116勝|オグリキャップのラストランを勝利へ導く
1990年といえば、やはりオグリキャップの有馬記念です。
ラストランとなった有馬記念で、武豊騎手はオグリキャップを勝利へ導きました。
競馬ブームを象徴する名場面であり、今なお語り継がれる日本競馬史のハイライトです。武豊騎手が若くして国民的名馬の最後を任されたことも、この年の大きな意味だったと思います。
1991年 96勝|米国で海外初重賞勝利
1991年、武豊騎手はエルセニョールで米サラトガのセネカHを制し、海外初重賞勝利を挙げました。
国内でトップジョッキーとして存在感を高める一方で、早くから海外にも目を向けていたことが分かる一年です。
武豊騎手のキャリアを語るうえで、海外挑戦は欠かせない要素。その入口となった年でもあります。
1992年 130勝|天皇賞・春4連覇とJRA通算600勝
1992年は、メジロマックイーンで天皇賞・春を制した年です。
ここで大事なのは、メジロマックイーンが4連覇したという意味ではなく、武豊騎手自身が天皇賞・春4連覇を達成したという点です。
さらに8月にはJRA通算600勝にも到達。デビューからわずか数年で、すでに歴代の名手たちの記録に迫っていく存在になっていました。
イナリワン
スーパークリーク
メジロマックイーン
メジロマックイーン
1993年 137勝|JRA通算700勝を達成
1993年、武豊騎手はJRA通算700勝を達成しました。
20代でありながら、すでに通算勝利数では歴代上位の騎手たちに近づいていきます。
この頃の武豊騎手は、重賞やGIでの勝負強さだけでなく、年間を通じて安定して勝ち続ける力も際立っていました。
1994年 134勝|スキーパラダイスで日本人騎手初の海外GI制覇
1994年、武豊騎手はスキーパラダイスで仏ムーラン・ド・ロンシャン賞を制覇しました。
日本人騎手として初の海外GI制覇という、非常に大きな出来事です。
国内だけでなく、世界の舞台でも日本人騎手が勝てることを示した勝利であり、武豊騎手のキャリアの中でも重要な一戦でした。
1995年 134勝|最速・最年少でJRA通算1000勝
1995年、武豊騎手はJRA通算1000勝を達成しました。
26歳4か月での到達は、最速・最年少の大記録。デビューからのスピードを考えても、まさに異次元のペースでした。
この年は、武豊騎手がすでに「すごい若手」ではなく、日本競馬の歴史そのものを塗り替える存在になっていたことを示す一年だったと思います。
1996年 159勝|エアグルーヴでオークス制覇
1996年は、エアグルーヴでオークスを制覇した年です。
さらにダンスインザダークで菊花賞を勝利するなど、クラシック戦線でも大きな存在感を放ちました。
年間勝利数も159勝まで伸ばし、武豊騎手の成績はさらに高い水準へ入っていきます。
1997年|年間168勝で自身の記録を更新
1997年、武豊騎手は年間168勝を挙げ、自身の年間最多勝記録を更新しました。
シーキングザパールでNHKマイルC、マーベラスサンデーで宝塚記念、エアグルーヴで天皇賞・秋を制覇。
勝利数だけでなく、GIの舞台でも強烈な存在感を放った一年です。全盛期へ向かう勢いが、さらに加速していきました。
1998年 169勝|スペシャルウィークで悲願の日本ダービー初制覇
1998年、武豊騎手はスペシャルウィークで日本ダービーを初制覇しました。
すでに数多くの大レースを勝っていた武豊騎手にとっても、日本ダービーは特別な舞台。その悲願をついに果たした年です。
また、サイレンススズカとの時間もこの年の大きな記憶として残っています。華やかさと切なさが同居する、競馬ファンにとって忘れがたい一年です。
1999年 178勝|アドマイヤベガで日本ダービー連覇
1999年、武豊騎手はアドマイヤベガで日本ダービーを制覇しました。
前年のスペシャルウィークに続くダービー連覇で、武豊騎手はダービージョッキーとしての存在感をさらに強めます。
アグネスワールドで海外GIを制し、スペシャルウィークでは天皇賞・秋、ジャパンカップを勝利。年間178勝という数字も、90年代後半の充実ぶりを物語っています。
2000年 130勝|米国拠点でもJRAリーディングを獲得
2000年、武豊騎手は米国西海岸を拠点に騎乗しながら、JRAリーディングを獲得しました。
海外に挑戦しながら、国内でも結果を残すという非常に難しいことを実現した一年です。
アグネスワールドで英国ジュライカップを制し、エアシャカールで菊花賞も勝利。国内外をまたいだ活躍が目立ちました。
2001年 65勝|欧州を拠点に挑戦
2001年は、フランスのジョン・ハモンド厩舎を拠点に欧州で騎乗していた年です。
そのため、JRAでの勝利数は65勝と少なく見えますが、これは成績が落ちたというより、国内での騎乗数そのものが少なかったことが大きな理由です。
ステイゴールドやクロフネなど、印象的な馬との勝利もあり、数字だけでは測れない意味のある一年でした。
2002年 133勝|骨盤骨折から復帰し、JRA通算2000勝へ
2002年は、武豊騎手にとって苦しさと強さの両方が見えた年です。
骨盤骨折という大きな負傷を経験しながら、約8週間で復帰。その後、JRA通算2000勝を達成しました。
さらにタニノギムレットで日本ダービーを制し、自身3度目のダービー勝利。怪我から戻ってもすぐに大舞台で結果を出すところに、武豊騎手のすごさがあります。
2003年 204勝|JRA史上初の年間200勝突破
2003年、武豊騎手はJRA史上初となる年間200勝を突破しました。
最終的な勝利数は204勝。これまでの常識を超えるような数字で、トップジョッキーとしての存在感を改めて示しました。
この年から、武豊騎手の年間勝利数はさらに異次元の領域へ入っていきます。
2004年|年間211勝で記録をさらに更新
2004年、武豊騎手は前年の204勝をさらに上回る年間211勝を記録しました。
前人未到の年間200勝を達成した翌年に、その記録をまた更新する。普通なら一度でも大記録なのに、それを連続で塗り替えていくところが驚異的です。
まさに勝利数で見る全盛期の真っただ中と言える一年でした。
2005年 212勝|ディープインパクトで無敗のクラシック三冠
2005年は、武豊騎手のキャリアの中でも特別な一年です。
ディープインパクトとのコンビで皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制し、無敗のクラシック三冠を達成しました。
さらに年間勝利数は212勝。武豊騎手自身の年間最多勝であり、ディープインパクトという名馬との物語も重なった、記録と記憶の両方で伝説的な年です。
2006年 178勝|ディープインパクトと国内外で注目を集める
2006年も、ディープインパクトとのコンビが大きな注目を集めました。
天皇賞・春、宝塚記念、有馬記念を制し、さらに凱旋門賞へも挑戦。日本競馬全体が世界を意識した年でもあります。
また、ユートピアでドバイ・ゴドルフィンマイルを制するなど、海外での勝利も印象的でした。
2007年 156勝|歴代最多勝利騎手となり、JRA通算3000勝を達成
2007年、武豊騎手は岡部幸雄元騎手のJRA最多勝記録を更新しました。
そして11月にはJRA通算3000勝を達成。日本競馬の歴代最多勝利騎手として、前人未到の領域へ進みます。
メイショウサムソン、ヴァーミリアンなどとの活躍もあり、記録面でもレース内容でも大きな一年でした。
2008年 143勝|京都競馬場1000勝、JRA3100勝、そして負傷からの復帰
2008年は、京都競馬場通算1000勝、JRA通算3100勝を達成した年です。
一方で、落馬による右手首骨折もありました。それでも約1か月で復帰する相変わらずの早さです!
怪我がありながらも年間143勝を挙げており、勝ち続ける力の大きさがよく分かる一年です。
2009年 140勝|ウオッカとのGI勝利
2009年は、ウオッカとのコンビが印象的な年です。
ヴィクトリアマイル、安田記念を制し、名牝ウオッカの強さを引き出しました。
年間140勝という数字も高水準で、武豊騎手が長くトップレベルで勝ち続けていたことを示しています。
2010年 69勝|落馬負傷による長期離脱と復帰
2010年は、武豊騎手にとって大きな転機となる年でした。
3月に行われた毎日杯ザタイキ騎乗時の落馬負傷により、約4か月の長期離脱を経験。年間勝利数は69勝まで減少しました。
それでも復帰後にはローズキングダムでジャパンカップを制し、苦しい時期の中でも大舞台で存在感を示しました。
2011年 64勝|苦しい時期ながらJRA通算3400勝へ
2011年、武豊騎手はJRA通算3400勝を達成しました。
一方で、年間勝利数は64勝。全盛期の数字と比べると、苦しい時期だったことは確かです。
ただ、それでも節目の記録を積み重ね、騎手としての歩みを止めなかった一年でもありました。
2012年 56勝|26年連続重賞勝利を達成
2012年、武豊騎手は京都記念を制し、デビュー以来26年連続重賞勝利を達成しました。
年間勝利数は56勝と少なめでしたが、重賞勝利の記録はしっかり継続。
サダムパテックでマイルチャンピオンシップを制したことも、復調を感じさせる大きな勝利でした。
2013年 97勝|キズナで日本ダービー5勝目
2013年、武豊騎手はキズナで日本ダービーを制覇しました。
自身5度目のダービー勝利であり、落馬負傷以降の苦しい時期を乗り越えた復活の象徴とも言える勝利です。
東京競馬場に響いたユタカコールは、多くの競馬ファンの記憶に残っています。数字以上に、競馬ファンの心を動かした一年だったと言えるかもしれません。
2014年 86勝|JRA最多騎乗記録を更新
2014年、武豊騎手はJRA最多騎乗記録を更新しました。
勝利数だけでなく、長く第一線で騎乗し続けてきたことを示す大きな記録です。
武豊騎手のすごさは、勝つことだけではありません。長く乗り続け、求められ続けていることも、大きな価値だと感じます。
2015年 106勝|JRA重賞300勝と香港カップ制覇
2015年は、武豊騎手が再び年間100勝台へ戻した年です。
JRA通算3700勝、そして史上初のJRA重賞300勝を達成。さらにエイシンヒカリで香港カップを制しました。
国内の記録と海外での勝利が重なり、ベテランとなってもなお存在感が大きいことを示した一年です。
2016年 74勝|デビュー以来30年連続重賞勝利
2016年、武豊騎手はAJCCを制し、デビュー以来30年連続重賞勝利を達成しました。
30年という長さだけでもすごいですが、その間ずっと重賞を勝ち続けているという事実が、武豊騎手の継続力を物語っています。
エイシンヒカリやキタサンブラックとの活躍もあり、ベテランになってからの新しい物語が始まっていきます。
2017年 82勝|キタサンブラックとの名コンビ
2017年は、キタサンブラックとのコンビが強く印象に残る一年です。
天皇賞・春、天皇賞・秋、有馬記念を制し、キタサンブラックは年度代表馬へ。武豊騎手にとっても、キャリア後半を代表する名コンビとなりました。
勝利数は82勝ですが、GIでの存在感は数字以上に大きかった年です。
2018年 76勝|前人未到のJRA通算4000勝
2018年、武豊騎手はJRA通算4000勝を達成しました。
達成馬はメイショウカズヒメ。4000勝という数字は、まさに前人未到の大記録です。
長く第一線で活躍し続けてきた武豊騎手だからこそ届いた記録であり、日本競馬史に深く刻まれる節目となりました。
2019年 111勝|令和でもGI勝利、ワールドプレミアで菊花賞制覇
2019年、武豊騎手はワールドプレミアで菊花賞を制覇しました。
昭和、平成、令和と時代をまたいでGIを勝ち続ける姿は、まさにレジェンドという言葉がふさわしいものです。
年間勝利数も111勝と再び100勝台に乗せ、令和の競馬でも存在感を示しました。
2020年 115勝|サウジで勝利、JRA通算4200勝
2020年は、フルフラットでサウジサンバダービーを制した年です。
50代になっても海外で勝利を挙げ、さらにJRA通算4200勝にも到達しました。
年齢を重ねても挑戦を続け、国内外で結果を残すところに、武豊騎手の変わらない魅力があります。
2021年 75勝|ドウデュースとの物語が始まる
2021年、武豊騎手はドウデュースで朝日杯フューチュリティステークスを制覇しました。
この勝利は、のちに日本ダービー、有馬記念、天皇賞・秋、ジャパンカップへとつながっていく名コンビの始まりです。
令和の競馬ファンにとっても、武豊騎手とドウデュースの物語は特別なものになっていきます。
2022年 73勝|ドウデュースで日本ダービー6勝目
2022年、武豊騎手はドウデュースで日本ダービーを制覇しました。
自身最多となる日本ダービー6勝目。50代でのダービー制覇という点でも、大きな意味を持つ勝利でした。
勝利数だけを見れば73勝ですが、この一勝の重みは非常に大きく、武豊騎手が今なお大舞台で勝てることを証明した一年です。
2023年 74勝|GI80勝、そしてドウデュースで有馬記念制覇
2023年、武豊騎手はジャックドールで大阪杯を制し、JRA・GI通算80勝を達成しました。
秋には負傷もありましたが、年末の有馬記念でドウデュースと再びコンビを組み、見事に勝利。
人馬ともに復活を印象づける、非常にドラマ性のある一年となりました。
2024年 87勝|JRA4500勝、黄綬褒章、ドウデュースで秋の東京GI連勝
2024年、武豊騎手はJRA通算4500勝を達成しました。
さらに黄綬褒章を受章し、長年の功績が社会的にも評価された一年です。
レース面では、ドウデュースで天皇賞・秋、ジャパンカップを制覇。記録と名馬との物語が重なった、キャリア後半を代表する一年となりました。
2025年 72勝|メイショウタバルで宝塚記念制覇、JRA通算4600勝
2025年、武豊騎手はメイショウタバルで宝塚記念を制覇しました。
メイショウの勝負服、石橋守調教師、そして武豊騎手。長い年月を経てつながってきた人と馬の縁を感じさせる勝利でした。
さらにJRA通算4600勝にも到達。デビューから長い年月が過ぎても、武豊騎手はまだ新しい物語を更新し続けています。
武豊騎手の勝利数に関してよくある質問
武豊騎手が年間で最も多く勝利した年はいつですか?
武豊騎手が年間で最も多く勝利したのは、2005年の212勝です。
武豊騎手の全盛期はいつですか?
勝利数で見るなら、2003年から2005年ごろが全盛期と言えます。3年連続で年間200勝以上を記録しています。個人的にはいつでも今です笑!
武豊騎手は年間200勝を何回達成していますか?
武豊騎手は2003年、2004年、2005年の3回、JRAで年間200勝以上を達成しています。
武豊騎手の勝利数が大きく減った年はなぜですか?
2001年は欧州を拠点にしていたためJRAでの騎乗数が少なく、2010年は落馬負傷による長期離脱がありました。
まとめ
武豊騎手の年度別勝利数を振り返ると、1987年のデビューから現在まで、長い年月にわたって第一線で走り続けてきたことがよく分かります。
デビュー2年目でスーパークリークに騎乗して菊花賞を制し、オグリキャップ、スペシャルウィーク、ディープインパクト、キズナ、キタサンブラック、ドウデュース。
その時代ごとに名馬との出会いがあり、記録があり、競馬ファンの記憶に残る名場面がありました。
もちろん、すべてが順調だったわけではありません。海外挑戦によって国内での勝利数が減った年もあれば、落馬負傷によって苦しい時間を過ごした年もあります。
それでも再び大舞台へ戻り、新しい馬と新しい物語を作っていく。年度別勝利数の推移には、単なる数字以上に、武豊騎手が積み重ねてきた時間と信頼が表れているように感じます。
これから先、武豊騎手がどんな馬と出会い、どんな勝利を見せてくれるのか。今後の騎乗にも注目していきたいですね。
